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教室の一体感

今月のある土曜日、子供たちが通う小学校の「学校公開」に行ってきました。
私たちが小学生の頃は、「授業参観」でしたよね?
当時の「授業参観」日は、あらかじめ決められた日時の自分の子供のクラスの特定の一授業を親が見学に行くものでしたから、当日は担任の先生もいつもと違った服を着てきたり、教室にも当日用に作られたような雰囲気と緊張感が漂っていたものでした。

 

でも、「学校公開」型授業参観は、文字通り親が学校に行くところは同じですが、決められた期間(通常数日)中では、親は自分の子供にかかわらずどの教室の授業を見学してもよいのです。また、学校の中を自由に見学することができる仕組みになっています。

 

この「学校参観」というスタイルによって私たち親は、休み時間に教室や廊下や校庭で語り・遊ぶ日常の子供たちの遊ぶ様子をありのままに見ることも出来ます。また、多数の授業が参観対象になっていることもあり、いつもと変わらないありのままの学校や教室や子供たちの雰囲気を感じ取ることが出来る貴重な良い機会だと思います。

 

私は、もちろん子供たちの様子を見に行きますが、やはり、教室で教える先生の様子がどうしても気になります。
今回、6年生の子供の教室で国語の授業を見学した際の、担任の男性の先生の授業は、派手さはありませんが、魅力を感じました。

 

その授業は、子供たちにあらかじめ、「自分の楽しい時間」について多少韻を踏んだような自由な短い文章を作成して無記名で提出をさせておいたものをベースに進みました。
まず、模造紙に書き写された各人の単文(各々に番号がつけてある)を先生が一つずつ、にこやかに丁寧に読み上げていきます。ユニークなものも多数あり、内容の面白さで子供達ならず親たちからも笑いが出るような和やかさと、子供たちは作者が明かされないながらも自分のものを読み上げられるというちょっとした気恥ずかしさと緊張感の中進んでいきます。
次に、生徒たちの手元に配布されていた模造紙の中身を縮小したような一枚紙の文集一覧を生徒各人が改めて確認しながら、自分が魅力を感じた文章を一つ選んで(自作のもの以外)手を挙げていきます。その後、生徒たちは、各々自身が選んだその文章のどこに魅力を感じたか順に一人ずつ感想を言っていきました。

 

ちょっとしたサプライズは、その後にありました。教室の後ろでその授業を参観していた親にもどの文章を気に入ったか手を挙げてほしいと求められました。そして、なんと、親一人一人にも(私たちを含めて10人くらいいたでしょうか・・・)その作品を選んだ理由を話してほしいと求められ、私もありのままの感想を発表させてもらいました。

 

多くの人たちに共感を得た作品(文章)もそうでない作品も、子供たちの気持ちが表れていてとても興味深かったことと合わせて、先生が子供たちに加えてその場にいた親までも含めて全員参加させながら取り組んだ授業に触れて、ちょっと救われた気がしました・・・(変な表現ですみません)。

 

私も、年に40~50日位は講義や講演等で教壇に立ちます。
様々なテーマの講義開始前にいつもひたすら考えていることは、いかに、毎回異なる受講者の、その受講する気持ちを前向きな意味で盛り上げ、集中させ、せっかく選んで来てくれた研修セミナーを実りあるものに出来るようにするかです。

 

つまり、講義を行う際に私が最も大事にしていることは、「教室の一体感」です。そのためには、受講者の表情や受講の姿勢や反応を提供(教える)側が敏感に察知できないとダメです。
よく、相手が聞いていようといまいと、また、つまらなそうにしていても休憩もとらずにひたすら話し続ける話し手の方がいますが、それでは会場や教室の一体感どころの話ではありませんよね・・・。

 

私の授業は、特別な状況を除いて、基本的にあえてパワーポイント等のスライドは使うことはありません。教壇にじっと立って動かずに喋りまくったり、ましてや、スライドを流し見ながら座って授業をすることもありません(もちろん、これは私の勝手なスタイルです)。
最初の講義の導入の時間こそ、教壇に立っていますが、その時間が終わるか終わらないうちに、さっさと教壇から受講者の側に一段降りていって受講者との物理的・精神的な距離を縮めつつ、ウロウロしながら話しをしています。このスタイルは、もうかれこれ8年間全く変わっていません。
また、黒板やホワイトボードに、ガンガン書き、受講者の皆さんには手を動かしてメモをシッカリとってもらえるよう心がけます。最初から最後まで、ポイントポイントでこちらから質問を投げかけて、答えてもらったり、都度質問を受けながら、また、時に、周りの人たちと一緒に考えてもらう時間を作ったり、話しの中に現場での実際例や苦労話や関係なさそうでありそうな余談?も流れに合わせて多数入れていきます。

 

つまり、受講者に語りかけながら、聞き手目線に出来るだけ立って、受講者に「自分の会社ならどうしたらいいだろうか・・・」と改めて考えてもらい、「よし、自分の会社でも、戻ってから取り組んでみよう!」という取組の「キッカケ」をつかんでもらうことが私の最大のテーマです。そして、そうした効果を得るには、「教室の一体感」に基づいた授業が不可欠だと感じています。
そういう意味で、上記の今回の小学校の教室で体験した国語の授業は、先生と生徒とそして参観した親も含めた「教室の一体感」を感じられた、工夫された魅力ある授業だったと思いました。
なにより、子供たちが生き生きと授業に参加していた様子が、それを物語っていました。

 

こうした「一体感の醸成」は、なにも「講義や授業」だけの話ではありません。
皆さんの会社における、日常の職場や各種の会議等におけるマネジメントのあり方にも大きく関わってくるポイントだと思います。
メンバーのモチベーションを高め、関わる人たちの意識を共有し結束力を高めていくリーダーの皆さんにも意識をしてほしいものです。また、営業・接客活動における「顧客目線」や「真の顧客志向」の実現にも活かしてほしい重要な視点だと考えています。
つまり、コミュニケーションをとる相手は、みな「顧客」だという視点です。

 

情報や指示等を組織の中で発信する側も、それを受ける方も、双方向のコミュニケーションがとれ、お互いの立場に立ち、顔と心をシッカリと見ながら進めていく取組は、盛り上がり、そして、終わってみると本当の意味で楽しかったと言えるものになりますよね。

 

決勝トーナメントに進んだ今のサッカー日本代表も、大会前の厳しい状況を打開する苦闘の中でリーダーである監督を含めて彼ら自身で意図的に体得した「一体感」の中にいる・・・そんな状況なのかもしれませんね・・・。